この壮大な景色は、綺麗だけれど、少し怖い気もするよね。それはやっぱり、初めて目にするものだからだと思うんだ。
人は初めて見るものに、必ずと言っていいほど、恐れを抱く。そうだろう?
ほら、見えてきた。あれが僕の、僕らの城だ。
さあ行こう、湖を渡って。物語は、ここから始まる。
4.They cross the lake.
ざわざわと子供たちが話す声が聞こえる。
ホグズミードの駅は、汽車から降りた生徒たちでごった返していた。
皆、体の小さな一年生を通してあげようという気はさらさら無いらしい。
「痛っ、また足踏まれちゃったよ」
ジェームズが顔をしかめた。しかし他の四人も彼に構っている場合では無かった。
シリウスは五人の中で一番大きな体を活かし、先頭をきって人ごみを押し退ける。
リリーはジェームズの後について、ただ歩くだけで必死だった。
はカレッジをしっかりと抱きかかえた。
「おい、大丈夫か?」
カレッジに問われて、白い顔で微笑む。
「使い魔の魔力って、偉大だね・・・なんとか、倒れないで済んでるだけ、いいと思って・・・」
一同はもみくちゃにされながらも、ランプの明かりを頼りに、なんとかハグリットの前に辿り着いた。
否、この場合、転がり出たという方が正しいのかもしれないが。
「おっ、イッチ年生か?」
「新入生か? ってことなら、そうだよ・・・」
すっかり疲れきってジェームズが答えた。ハグリットはにっこりと笑いかけた。
「俺はルビウ「大変!」
いきなり、リリーが叫んだ。皆も辺りを見回す。―――居ない。
が、居ない。
その事実に一番最初に慌てたのは、シリウスだった。
「やべぇ・・・」
そう呟くや否や、彼は再び人ごみの中に身を投じた。
「ちょっ、シリウス!?」
ジェームズの呼びかけも空しく、彼の姿は消えていく。
シリウスの行方を気にするジェームズの横で、リリーはふと、ローブを引っ張られたような気がした。
隣を見ると、が俯いているのが目に入った。
「? どうしたの? って、大丈夫!?」
は蒼白な顔でリリーのローブを握っていた。ほんの少し顔を上げて彼女に微笑みかける。
「大丈夫。ちょっと、気分が悪いだけだよ・・・ごめんね、引っ張っちゃって」
「全然ちょっとには見えないよ、」
いつの間にやら、ジェームズがの腕を掴んでいた。ちらりとカレッジに視線を向ける。
「使い魔の魔力は、どうなってるんだい?」
「言い訳するようで悪いが、使い手が慣れるまではどうにも発揮しづらくてな。 」
カレッジがもしも人間だったなら。彼は今、困ったような顔で肩をすくめている事だろう。
リリーは話の展開についていけない。
戸惑っているうちに、ハグリットがこちらに身を乗り出した。
「その黒猫・・・もしかしてお前さん、・ホグワーツか?」
髭もじゃの大きな顔が、を覗き込んだ。
「はい、そうですけど・・・僕が何か・・・?」
尋ねると、ハグリットはにっこり笑顔を向けた。手を差し伸べ、を引き寄せる。
「ようこそ、ホグワーツの後継者。
お前さん達、この子はちぃっと預かるぞ。人ごみの中はきついだろうからな」
すぐに戻る、と言って、ハグリットはを連れ、ふらっと何処かへ行ってしまった。
「・・・あの人、誰だろうね、エバンス」
ジェームズが呟いた。結局ハグリットの自己紹介は途中のままなのだ。
「それより、ととシリウスよ!
、かなり具合悪そうだったけど・・・大丈夫なのかしら」
リリーが心配そうに眉をひそめる。ジェームズはうーん、と唸った。
「ホグワーツ家の人はね、総じて人ごみに弱いんだ。普段は使い魔の―――ホラ、カレッジの魔力で抑えられてるんだけど・・・
ここら辺は僕もよくわかんないんだ。今度一緒にに聞いてみよう」
そういった時、見覚えのある黒髪が、二人の視界に飛び込んできた。
「リリィ〜」
気の抜けるような声も一緒だ。
―――シリウスと、である。
「! 心配したわ、どこまで流されてたの?」
「馬車乗り場まで〜。ありがとうね、シリウス。助かったよ」
苦笑いをしながら、はシリウスに礼を言った。
「それにしても、よく見つけてこれたね」
ジェームズが言うと、シリウスは疲れたように髪を掻き揚げる。
「が迷うのには慣れてるしな。コイツ、パーティー会場でさえ迷ってっから。
なあ、はどうした?」
「気分が悪そうだったの。それで、さっきの男の人が向こうに連れて行ったわ」
「お? 見つかったのか?」
ハグリットが戻ってきた。四人を眺めて、で目を留める。
彼に見つめられ、は首を傾げた。
ハグリットはというと、呆然とした顔でを見ている。
「家のお嬢さんか?」
「う? あ、うん。・です」
「じゃあお前さんが噂の・・・おっと、こりゃ言っちゃならねえんだった」
ハグリットは額をべちっと叩いた。起こった風が、リリーの前髪を揺らす。
彼の台詞に首を捻っていたジェームズだったが、突然思い出したように手を打った。
「そうだ、さっきから聞こうと思ってたんだ。あなたは誰?」
ハグリットも思い出したように目を開いた。
「そうだったそうだった。
俺はルビウス・ハグリット。ホグワーツの鍵と領地を守る番人だ」
そしてハグリットは一年生達に笑いかけた。腕を広げ、ランプを振る。
「さあ皆、ついてこいよ―――あとイッチ年生は居ないかな? 足元に気をつけろ。いいか! イッチ年生、ついてこい!」
そう言って歩き出したハグリットがとても頼もしく思えて、は一人、密かに笑った。
カレッジが、肩に飛び乗った。
「どうだ? 」
誇らしげにそう言って、彼は前方を見つめている。
暗闇に浮かび上がるシルエットが、彼らを見つめ返す。
息をするのを忘れてしまった。
大きな黒い湖をはさんで、城はまだあんなに遠くにあるというのに。
は、それが今目の前に建っているような感覚に襲われた。
そう、手を伸ばせばすぐそこにあるような。
人では無いもの達の、声が聞こえる。
言葉には決して出すことのできない声が、すぐそばで、耳元で聞こえる。
地中の生き物達の、礼讃の声が。
地上の生き物達の、祝福の声が。
そして、あの遠い城の、歓迎の声が。
の水色の瞳が揺れた。
「・・・いいのかなぁ、カレッジ・・・」
おもむろに彼は言った。
カレッジは城から目を離し、主を見つめた。何が?と言うように、尻尾を振る。
「だって、僕は父さんとは違う。使い魔よりも、色が薄いっていうのに・・・
なのに皆、あそこで呼びかけてるんだよ。ずっと待ってた、って。
僕は・・・」
僕は、何をしてあげられるだろう。
こんな僕が、一体何をしてあげられるというのだろう。
後ろから、突然歓声が聞こえた。
ハグリットとともに、一年生達が到着したのだ。その最前列に、ジェームズ達が居た。
「!さっきより顔色がよくなったね。もう大丈夫かい?」
「うん、ジェームズ。心配掛けてごめんね」
リリーに手をひかれたが顔を覗かせた。
「あっ、〜、さっきぶり〜」
相変わらず、にこにこと笑い続けている。
も、つられて笑った。
「さっきぶり、。帰ってこれたんだね」
「うん。シリウスがね、見つけてくれたんだよ」
ねー、と彼女はシリウスを見上げた。苦笑しながら、シリウスは肩をすくめる。
「四人一組でボートに乗って!」
目の前でハグリットが振り返り、指示した。
・ジェームズ・シリウス・カレッジが一方に、そして・リリーに見知らぬ少年二人が加わってもう一方のボートに乗り込む。
「みんな乗ったか? よーし、出発進行!」
ハグリットの掛け声で、小船が湖の上を滑り出した。
城はだんだんと近付いてくる。は身を乗り出すようにして、見入っていた。
隣に座った華奢な少年が、彼女のローブの裾を引っ張り、ボートに引き戻す。
はぱっと振り返った。
「ありがとうっ!」
「え・・・」
少年は驚いたように目を開いた。
そんな彼の手を握り、は笑いながら首を傾げた。
「落ちると思って、引っ張ってくれたんだよね?」
顔を俯けて、彼は黙った。そのまま無言での手を振り払う。
「別に・・・」
少年は目を背けて、小さく言った。
―――何か悪いことをしちゃったかな・・・―――
少年を見つめ、がそう思ったとき、もう一人の小さな少年とリリーが、同時に声をあげた。
「、凄いわ・・・近くで見ると、ホラ、さっきと全然違う・・・」
言われて城を見ると、彼女の胸は弾んだ。
壮大な城は、厳かに、華やかに、一年生を迎え入れている。
ボートが船着場についてもなお、彼女の瞳の興奮は冷めなかった。
皆はハグリットについて石段を登り、そして巨大な樫の木の扉の前に出た。
ハグリットの拳が、扉を叩く・・・・・・
「ホグワーツ入学おめでとう。」
ハグリットに『マクゴナガル』と呼ばれた厳格そうな魔女が挨拶をした。
彼女が副校長のミネルバ・マクゴナガルだろう。
マクゴナガルは、寮と組分けの儀式について一通り話すと、一年生を見渡した。
「ミス・! ミス・はどこですか?」
自分の名前が呼ばれる理由が思い出せなかったが、はすぐに手を挙げた。
「ああ、そこでしたか。ミス・、私についていらっしゃい。
学校側の準備が終わり次第呼びに来ますから、それまで身なりを整えておきなさい」
心配そうに見つめるリリーに「だいじょうぶ。」と言うと、はマクゴナガルの後を追った。
が通されたのは、先ほどまで居た部屋よりもさらに小さな部屋だった。
前を行くマクゴナガルが、くるりと振り向く。
「入学おめでとう、・。
さあ、時間がありません。目を瞑って。魔法を解除します」
そこまで言われ、はようやく呼ばれた理由を思い出した。
大人しく指示に従う。
さっきまでの興奮が嘘のように引いていき、代わりにほんの少しの緊張が走った。
「いきますよ」
何か硬いものが額に当たった。きっとマクゴナガルの杖の先だろう。
杖先が触れている部分が、だんだんと暖かくなってくる。
「『古き言霊を打ち破り、今まさに甦らんとす
猛き力に祝杯を挙げよ、汝に幸あるべし』」
マクゴナガルのその言葉が終わった瞬間、室内に突風が吹き荒れた。
は眉間に皺をよせ、懸命にそれを鎮めようとした。
久しぶりの事なので、感覚が掴めない。マクゴナガルがそっと肩に手を置いた。
「落ち着きなさい、。動かないで」
彼女はそう言うと、の左耳に何かを着けた。
それとともに、風がピタリと止む。
はゆっくりと目を開けた。
「すごーい・・・」
「校長先生の作ったイヤリングですからね。
今は透明ですが、寮が決まればその寮の色になるよう、工夫されています。いいですね? 決して体から離してはいけませんよ。」
「はい、先生」
いつものようににっこり笑って答えると、マクゴナガルも微笑みを返してくれた。
「いろいろ大変な事もあるでしょう。どの寮に入っても、私は貴女の味方です。いつでも頼っていいですからね。
―――大広間では準備ができたようです。一緒に行きましょう。これから、組分けの儀式ですよ」
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